コンチネンタル彼岸

意識の別荘

浅草:どぜう飯田屋

 

 

先日、浅草でオフ会を敢行した。はてなブログ仲間同士での浅草オフ会は2度目となる。浅草には土地勘がある。店も多いから、インバウンドの聖地のような場と化しているとしても、予約とか面倒なことをしなくてもなんとでもなるため、私の中での信頼と安心が厚い。いくつか店をハシゴしたのだけど、一軒目は「どぜう飯田屋」に入った。

 

 

 

どぜう。すなわち泥鰌。同じ夏の風物でも、脂染みた鰻屋と比べて随分と涼しげな店構えをしている。七夕が近いこともあり、早くも七夕飾りが夕風に揺れていた。じっとりとした暑さに、なんともいえず心地よい夕風の感触も感じつつ、戸を引く。

 

残念なことに素敵な三和土の写真を撮り忘れてしまった。まさに老舗の風情で、空間が断たれたように表の暑さを感じさせない。客はまだほとんどおらず、2階に案内されると、このとおりの貸切状態。一同なにか興奮しながら席につく。メンバーのひとりが、自分の母親と生前最期の食事をしたのがこの店だといっていた。人との関係を納める、拡げる、維持する。その節目にどじょう鍋を囲むというのも古びた風俗の香りがする。

 

とはいえ、我々一同、どじょう鍋の素人である。作法や食べ方など、ほとんど知らんもので、仲居さんに教授いただく。そのあいだも我々は至って忙しない。私も含めて一同、SNS狂いであるため、一眼レフのシャッター音やスマホのカメラ音が止まぬ。つい仲居さんにまでスマホを向けたくなる。風情的な要素への貪欲さからくる無礼を許したまえ。

 

とりあえずビール。浅草というと墨田区のアサヒビール本社が近いが、それでいてサッポロビールを出す店が多いのはなぜだろうか。メンバーが頼んだ梅酒には、大仰にもアイスペールまで付いてきて面白かった。

 

待つのだろうなと思いきや、次々にどじょう料理が運ばれてくる。どじょう唐揚げ。どじょう南蛮漬け。恐る恐る箸をつけてみると、スナックのように軽い食感でビールと実に合う。特に骨の感触も感じないほどカラッと揚げられている。それでいて、ほんのりした泥臭さが味の余韻として残る。どじょうの生きた世界、その環境要因を偲ぶかのようだ。

 

いよいよ鍋の準備が始まる。目の前には一口のガスコンロ。マッチ点火式だ。大盛りの刻みネギが升箱に入って置かれ、味わいの違うタレ二種、七味に山椒もやってくる。仲居さんから鍋の火加減調節方法、タレの投入タイミング、食べ頃に関する説明を聞く。聞く分には意外と煩雑で、「もういちど初めから聞いていいですか」と言いたくもなったが、内気な私たちにその勇気はない。

 

いよいよやってきたどじょう鍋。注文したのは“ほねぬき鍋“で、開かれたどじょうが放射状に列び、中央には子持ちどじょうの卵が盛られている。生命に対する冒涜そのもののこれを弱火でじっくり煮て、適宜、火力を強めるなどしなければならないようだが、もう仲居さんの教えは忘れた。やりたいようにやらせていただく。

 

こんなもんだろうと感じる頃合いでネギを盛る。火が通った頃合いで皿に盛り、山椒を振って食べてみたところ、これが異様に旨くて写真を撮るのすらも忘れた。甘味としょっぱみが絶妙な出し汁。そこに浸かって火を通したどじょうの身は、ほろほろとして食べやすい。

 

思わず酒も追加。飲み慣れた菊正宗があるのが嬉しい。いま後悔していることとして、我々は専ら酒のアテとしてどじょう鍋をつまんでしまったが、食べ終わったあとの残り汁に、ご飯と卵とネギを入れて〆るのが、別に通というほどでもなく定番の食べ方なのだそう。店をハシゴすることを見越して、おとなしく引き下がってしまった。次の機会に試す。

 

このあと更に2軒巡って、いずれもいい店だったのでそのうち書く。