
今回は福島県福島市土湯温泉町にある老舗旅館、川上温泉の「宿泊記」をまとめていきます。

ビジネスホテルでも旅館でもいいので、月に一度はどこかしらに宿泊したい気分です。とはいえ、資金繰りもだし、なかなか宿の予約が取りづらいのが昨今の悩みどころ。特に温泉旅館となると、コロナ禍以降はひとりで宿泊できる所も増えたとはいえ、いまだに「ひとりなら適当にホテルに泊まって居酒屋で呑んで共同浴場に入ればいいだろ」みたいな世相がある。それでも私は一種の完結した体験がしたいので、なるべく食事もお風呂も同じ旅館でいただきたく、執念で動いております。

ということで、いかにも秘湯感のある素敵な玄関をくぐると、気さくな女将さんに対応いただきました。川上温泉には日帰りで何度も浸かりにきており、馴染みもあるのですが、一度も宿泊したことがありませんでした。人気もあってなかなか予約も取れませんが、今回は妙に運が良く、この広い旅館に宿泊客は私だけという。女将さんによると、こういうことは年に数回ある程度で、本当に珍しいということでした。


川上温泉は開業四百年超。板張りの長い廊下は湯治宿の風情が色濃く、館内を歩いているだけでも満足感があります。なんとなく実家に帰ってきたような安らぎすらある。決して私の実家はこんな立派ではないのですが。

土湯温泉といえば勿論、こけし。ということで至る所にこけしが納められています。じっとこちらに視線を合わせてくるこけしもいる……。


案内された部屋。掃除も行き届き、清々しく心地よい部屋でした。今の時期、山の中の温泉というと虫との遭遇は否めないものですし、この旅館のウェブサイトにもカメムシなどがどうしても入ってきてしまう旨は書いてあるのですが、そのあたりも時期的に運が良かったのか、部屋に虫が入ってくることはありませんでした。

とりあえず、立派な一枚板のテーブルで一息入れることにしましょう。ルームキーもこけしとセットになっています。こけしの視線を至るところから感じる。


浴衣に着替えて湯めぐりを開始。この川上旅館は湯船の種類が豊富なのもポイント。この「あすなろ風呂」はコンパクトな内風呂で、浴槽が「ヒバ」で作られており、木の感触がすべすべしていて肌触りがいい。お湯の感触は土湯温泉らしいクセのなさがあり、硫黄臭もそれほどではなく、さっぱりとした入り心地。湯温もそれほど熱くないです。


次はこの旅館最大の名物といえる「半天岩窟風呂」です。ちょうど掘削工事でもしているかのような圧倒的ビジュアル。昔、友達をここに連れてきたことがあるんですが、「怖すぎて入れない」とか言ってビビり散らしていました。ここは個人的に温泉体験として最高峰のものが堪能できると思っており、特に真ん中の洞窟のようなスペースで浸かっていると、四方からの密閉感を感じるとともに、開放感もまた素晴らしく、なんとも名状しがたい体験ができます。そこらじゅうで虫は飛んでるし、這ってもいますが、そういうものと雲仙一体となる覚悟を持って入れば、極楽です。

次は「万人風呂」です。まるでプールみたい。最大深度も1.2メートルあり、泳げます。ただしあくまで風呂ですから普通にのぼせるのでご注意を。最近は浴室にカメラを持ち込むことが(盗撮防止の観点から)厳しくなっていますが、前述したように、この日の客は私ひとりだけ。全ての風呂が私の貸し切り。ということで撮りまくっております。



お風呂紹介、最後は「家族風呂」です。これが宿泊客用の浴室みたいな感じなのですが、この旅館で泊まり込みで働いている人も利用するため、今まで紹介した浴室の中では一番プライベートな雰囲気があります。一番の特徴として、ここは源泉がそのまま湯船に流し込まれており、それが50℃超あるので加水しないと入れません。ホースを突っ込んで水を入れながら、自分で温度調節をします。その際、中が撹拌されて、浴槽の底に沈んでいた「湯の花」がきらめきながら舞います。これが感動的。

秘湯の日暮れは早いもの。すぐに暗くなります。夕飯の時間になり部屋の外に出ると、こんな雰囲気です。本当に宿泊客は私ひとりなんだなぁという実感も湧いてきます。

夕食はなんだかホッとする内容。食事会場は大広間になるのですが、本来ならそこに数組のお客さんがいて、女将さんがそれぞれに忙しく対応されるのでしょう。しかしこの日は食事会場に私と女将さんの二人きりでした。あまり味わうことのないシチュエーションです。

とはいえ、気まずさはまるでなく、むしろ女将さんのお話の引き出しの多さに飽きることもなく楽しませていただきました。興味深かったのは土湯温泉の成り立ちの話。土湯温泉に数多ある旅館は、そのほとんどが一族による経営であるらしく、特にこの川上温泉は400年という歴史を誇ることもあり、付近の山の中に代々の墓地があるのだそうです。そこへ参りに行く際の「不気味な雰囲気」のことなど、どこか霊験な気配を感じる内容に耳を傾けながら食事をしました。

今回の食事の目玉は岩魚の塩焼。塗られているのは福島名物の「蕎麦味噌」ですね。蕎麦の実が入った田楽味噌といったもので、これが岩魚の淡白な味と合うわけです。

で、いつもながら日本酒をつけていただきました。銘柄は飲み慣れた花泉。もはや家にいるかのようにまったりとした居心地です。ご飯も何度かおかわり。それから、誰ともすれ違わない夜の館内を探索しました。大満足し、就寝前にまた温泉に浸かりました。

宿泊先では案外すんなりと眠れないものですが、ここでは本当にぐっすりと眠れて爽やかな目覚め。山深いこともあり、ようやく朝の7時くらいで山の端から太陽が顔を出し、部屋を照らします。朝日を浴びながら飲むお茶の美味しさよ。またそのうち泊まりに来ようと思います。

注意するべき点として、やはり山の中の温泉ということで虫が出るのは仕方ないと思ってください。虫だけならまだいい方で、女将さんによると、蛇も猪も熊も普通に出るということ。夜間の外出は控えるよう促されたほどです。そういう場所だと意識しましょう。また、ここに来るまでに車のすれ違いが難しい道を通る必要があるので、運転はどうか気をつけてください。お手洗いとかお部屋はとても清潔なので、そこは心配無用です。
費用は食事内容や宿泊日によって変動するのですが、今回の宿泊料は16,650円でした。