コンチネンタル彼岸

意識の別荘

20260201 → 20260228

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月あたりから実相といいますか、それを徐々に視認できるようになるからか、ただでさえ短い月ですが、随分と生きた心地がしました。私が暮らす土地でも梅がちらほら咲き始め、季節の移ろいという期待感が持てたこと。加えて、久しぶりの旅行ができたこともきっと大きいのでしょう。

 

さてさて、撮影した写真を振り返ってみると、やはり配置への執着を感じます。モノと光と影の混濁に、なんとか自分なりの整理をつけようとしているところがある。そうして捉えた配置は、決して私が生み出したものではなく、そこに窓を作った人や、梯子をかけた人、椅子を置いた人と、人があらかじめ期待を込めて作り上げた風景かもしれず、それらを被写体として素直に捉えているとも言えます。私がやっていることは世の中に数多ある配置の巡礼をしているようなものかもしれません。